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2005/08/18

「はだしのゲン」

終戦60年ということで「はだしのゲン」を。
読んだのはほぼ30年(!)ぶりでしょうか。
小学生の時、友達と回し読みした時の印象は強く残っています。
当時は原爆の知識はほぼゼロ(原爆資料館に行ったのは高校の修学旅行)で、あまりの悲惨さに言葉もなく見入ったのを覚えています。

当時、一番印象的だったのは、被爆で両手両足を失って、家に帰ったのに家族にも疎まれ、全身にウミとウジに包まれてのたうち回る被爆者の姿でした。
なんかすごく残酷な絵柄だった気がするのに、大人になった今(ましてやホラー好きとなった今)見ると、現実より全然キレイに描かれていたんだ、ということに気付きました。

それより今感じるのは、作者の魂の底から絞り出すような「怒りと悲しみ」です。
それは原爆を落としたアメリカに対してだけではなく、日本を戦争へと駆り立てていった国の指導者たちへの、そしてそれを享受し、大切な家族を「お国のために立派に死んでこい」などと送り出す国民自身に対してもです。
その激しさは、戦後天皇が広島を訪れた際、ゲンに「よくも来られたもんだ」と言わせるシーンにもよく表れています。

ゲンとその家族のモデルは作者の中沢氏自身なのだとか。
実際にお父様も戦時中、戦争のおろかさを公然と言っては警察に連行され、顔かたちが変わるほど殴られているそうです。

先日TBSの原爆に関するドキュメンタリーを観ていたら、当時、エノラ・ゲイと同時に飛び立った観測機に乗っていてあのきのこ雲を撮影し科学者が被爆者と対話するという企画がありました。
私はてっきり彼は謝ってくれるのかと思っていたのですが……
「私は謝らない。原爆を落としたから戦争が早く終り100万人の人が助かった。それに私たちはパールハーバーを忘れない。恨むなら戦争を恨め」と言ってました。
それを聞いた被爆者の人たちのがっかりしたような顔は忘れられません。
その彼もさすがに原爆資料館では息のんでましたけどね。

今、ラスベガスには原爆博物館があるのだとか。
そこでは原爆の威力だけを誇示し、アトミック・ボーイとか名前をつけられたマスコットが売られているそうです。
あのきのこ雲の下で何が起こるのか、そこに思いをはせる人はいません。
エノラ・ゲイの展示でも、被爆関連の資料の展示は大抵許されないし。

60年。忘れてはいけないことは、こうした作品を通じてでも次の世代へ語り継ぐべきなんでしょうね。
そんなことを思いながらよみふけった夏です。

〔コミック版〕はだしのゲン 全10巻
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コメント

やはり小学生の頃初めて読みました。
苦しかった。嗚咽しながら、でも途中で読むのを止めてはいけないと思いながら読みました。

「私は謝らない。原爆を落としたから戦争が早く終り100万人の人が助かった。それに私たちはパールハーバーを忘れない。恨むなら戦争を恨め」と言った科学者は自分のしたことに怯えを感じているのだと思います。
自分がしたことを見つめたら、ヒトラーよりひどいことをしたのだということを認めなければいけないから。
自分は悪くない。アメリカは悪くない。
彼が科学者であるなら、私たちよりももっと原爆の被害について知ることが容易なはず。

この問題は根が深いですね。
日本も戦時中、アジアでしたことを語って来なかったけれど、アメリカも真実を隠して来ました。
原爆で人体実験をしたこと。
731部隊のことを容認してデータを受取る代わりに罪を免責したこと。

しかし、原爆に関しては少し、ほんの少しだけの救いですけれど良心のある発言を聞きました。エノラゲイで爆弾を落とした飛行機乗りの方が別の番組で「自分達は知らずにとんでもないことをしてしまった。爆弾を落としてしまったことをないことにはできないし、広島で亡くなった人達を生き返らすこともできない。でも、私たちも同じです。あの時爆弾を落として原爆の光を飛行機で浴びた自分達も今、原爆症と思える症状が出てきている。私たちの世代だけではなく孫の世代にもそれと思える症状が出てきている。」と。

長い60年ですね。
でも、たったの60年。
人間の尊厳という言葉を何度も何度も考えます。

>Keiさん
真摯なコメント、ありがとうございます。
本当に深い問題ですよね。
私は昔、広島や長崎の悲劇があるからこそ、核は抑止力になるんだ、と単純に考えてた時期もあるんですが、やっぱり人間ってそんなにお利口な生き物じゃないと思います。
だったら最初から落としてないですよね。

今の子供たちも「はだしのゲン」を読んでくれるといいなあと思います。

わたしもその科学者と被爆者の番組、見てました。
あの科学者個人の立場から見たら、謝らないという言葉が
出てくるのも、わからないでもないと私は思いました。
もちろん譲る気持ちもあってほしいけど、
悪いことはしたつもりはないのでしょう。
立場と価値観が違うから相いれないでしょうね。

あと「恨むなら戦争を恨め」というのは同感です。
それが戦争の恐ろしさで、その前には人間の良心や尊厳が
簡単に失われてしまうからこそ、やってはいけないと思うので。

何がはじまりで何が終わりなのか、、、。
順々に遡っていくと戦争が産業になったあたりから人間の死に尊厳がなくなってきましたよね。
軍事力が戦争の抑止力といいながら、軍需産業が国家予算を稼ぎ出している国がある。
国家予算を軍事産業が稼ぎだし政治が動く。
わかっていても蚊帳の外なのが歯がゆいですね。
毎年毎年、終戦記念日と戦勝記念日を繰り返して鎮魂の黙祷をしながら、それでも戦争がなくならない。
ニュースを見るのが辛いです。
必ず犠牲になるのは子供達が最初だから。

>みゅさん
あれはなかなかいい番組でしたよね。
いろんな偶然とたくさんの無能な人たちが悪い方へ悪い方へと引き寄せられていく見本のような原爆投下でした。
確かにあの科学者の人は謝ったら、自分の人生そのものを否定するぐらいのことでしょうから、無理もないと私も思いました。

>Keiさん
そうですね。いまや戦争は単純なタイマンのケンカじゃありませんからね。
ものすごい利権が絡み合って一大産業だといってもいいでしょうね。
いっそ神が人間に課した淘汰なのかしらん、と思えてしまうほどです。悲しいことです。

残酷ですね。私たちの時代は。
世界中のニュースで何が起きているか瞬時にわかるのに、見ているだけしかできないことが多すぎます。

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